シリコンバレーから見た日米AI格差とは? 石角友愛(パロアルトインサイト社CEO)

シリコンバレーから見た日米AI格差とは? 石角友愛(パロアルトインサイト社CEO)

日本企業が抱える「AI導入の問題点」とは?

石角友愛,日米AI格差
(画像=The 21 online)

『AIで仕事の効率化を』『人間を超えるAI』『AIに仕事が奪われる日』……最近、AIについてのこうしたセンセーショナルな記事を見ない日はない。それほどまでに一般層に浸透したAIというコンセプトだが、実践の場ではどれだけ正しく理解され、活用されているのかというと、少々心許ない。

AI技術で最先端を走るシリコンバレーにて事業を展開する石角友愛氏は、「日本企業のAI導入には数々の問題がある」と指摘する。それはどういったものなのか。ご寄稿いただいた。

テキサス大学のAIプロジェクトはなぜ失敗したのか

2017年、ある記事がアメリカ主要メディアを騒がせました。テキサス大学の癌研究センターが、大手IT企業のAIエンジンを導入し癌の診断を機械学習で行なうという超一大プロジェクトを行なっていたのですが、それが4年間の努力の末頓挫した、と報じられたのです。しかも、当初は約2億円相当の見積もりにて始まったこのプロジェクト、なんと2017年時点で約52億円相当にまで膨れ上がってしまっていたというのですから、世間の驚きや失望は相当なものでした。

そもそも、なぜこのAI技術導入プロジェクトは頓挫してしまったのでしょうか。

報道内容によると、投資判断を下した経営陣が電子カルテ等を管理する現場のITシステムやワークフローを理解していなかったため、何度もムダな実験を繰り返したり、実験の範囲を繰り返し変更したりして、期待された期間内に成果を上げるに至らなかったということです。

ここから言えることはなんでしょうか。『AI投資判断は現場を理解した上で、具体的かつ検証可能な課題を解決するために行なうべきだ』ということです。

たとえば、シリコンバレーを代表するグーグルやアップルでは、数億円?数百億円くらいの投資判断であれば現場のエンジニアがまず実際に使ってみて、業務効率化などの数値的リターンが見えてきてから、ボトムアップで上にあげて最終的に投資するかどうかの判断に移ります。常に生かされるのは現場の声、リアルなエンドユーザーの声なのです。

『最初の一歩』を割り切って踏み出せる企業はAIを活用できる

一方、AIを導入しようとしている日本企業は数多くありますが、実はこのテキサス大学と同様の問題を抱えていることが多いのです。

私がCEOを務めるパロアルトインサイト社は200人以上におよぶシリコンバレーの最先端のデータサイエンティストネットワークを保有し、クライアント企業へのAI導入に関する戦略立案やビジネスモデル策定、および技術開発と実装を一貫して行なっており、日本企業に対してもこれまで100社以上お会いしアドバイスを行なってきました。そうした中で、いくつもの課題点を感じてきました。

一つは「最初の一歩」が踏み出せないというケースです。

解決すべき問題がたくさんあることはわかっていても、どこから取り組んで良いかがわからない。あるいは投資対効果が具体的に見えてからでないと判断できない。そうこうしているうちに、データ活用、AI活用案件の優先順位が下がってしまうのです。

ここで重要なのは「まずはデータのあるところからやってみよう」「プロトタイプを作ってみよう」という思い切り、割り切りです。まずはプロジェクトを動かしてみることが大事。これはスタートアップと一緒です。

弊社がクライアント企業にアドバイスすることの一つに、プロトタイプの重要性があります。プロトタイプの力は偉大です。機能的にはまだまだ全然揃っていなくても、モックアップ、あるいはスケッチレベルのものでもいいので、まずは具体的にイメージできるものを作ってみる。すると、関係者全員が同じ土壌で議論できるようになり、プロジェクトは一気に進んでいくのです。

弊社では、これをAI診断というサービスとして提供しています。これでAI技術投資に対してのハードルが下がり、一歩ずつ動き出せるようになります。

パッケージ型AIより「一人の専門家」

また、日本ではいわゆる「パッケージ型のAIサービス」というものが話題となっていますが、あれもシリコンバレーにいるとほとんど耳にしません。そもそも多くのIT企業は自分たちでそうしたシステムを作る能力がある、ということもありますが、社員数5人くらいのスタートアップでも、そういうパッケージ型のものは使いません。そこに数千万円の費用を投入するならば、同じ額で超優秀なデータサイエンティスト一人を雇い、ゼロから独自のアーキテクチャーを作り上げるという戦略を取ります。そのような独自のシステムを持つことが、競争優位性につながるからです。

デザインする過程でオープンソースのものは使いこなしますが、あくまで設計は優秀なエンジニアやデータサイエンティストが行なうことが多いです。

データは21世紀の石油

もう一つ、データ活用に関して言えることは、データがあるからといって金のなる木にすぐにはならないということです。

もちろん、データを持たない会社は今後さらなる競争を強いられるため、データを今すぐ取得する体制を取らなければなりませんが、アマゾンの元チーフサイエンティストであるアンドレアス・ワイガンド氏いわく、データは「21世紀の石油と同じ」。その意味は、「データを持つ会社が世界を動かす」ということもあると思いますが、石油もデータも「生のままでは使い物にならない」ということも挙げられます。だからこそ、石油を精製するように、データも処理して使いやすい形にまとめられる会社がどんどん競争力を持つのです。そんな中、独自の局地的な生のデータを持っているだけでは、すぐには競争力につながらないことも多いのです。

シリコンバレーの企業では、「公開できるデータは公開してなんぼ」という考えの企業が少なくありません。もちろん業界によりますが、自社で開発したアルゴリズムより、もっと良いものを作ってくれる人をバーチャルコンペで集わせるくらいです。

そこには、データはあくまでデータであり、大事なのはそこから質の高いモデルを作り、それを商品や製品に組み込み、金のなる木に変えることだと理解しているからでしょう。

それと比較すると、日本企業は自社のデータを公開するのを躊躇するケースが多いようです。いわく『企業秘密が筒抜けになる』『競争力が奪われる』『そこに宝の山となるデータが眠っているかもしれないので、まずは自分たちで見える化してからだ』……。これは、クラウドにデータを上げることを躊躇うのと同じ心理でしょう。つまり、自分たちが持っているデータに対する期待値が非常に高いのです。

しかし、実際には自社がどんなデータを持っているのかさえ把握できていないケースも少なくないのです 。『まずは自分たちの持っているデータにどんな可能性があるか自分たちで調べてから……』と遠回りなことをするよりも、そのデータをデータ解析の専門家であるデータサイエンティストに見てもらい、活用価値を見定め、何らかのプロジェクトをスタートさせたほうがいいでしょう。

以上、いくつかの課題点を指摘しましたが、今後、日本企業にとってAI技術を活用しないという選択肢はもはや残されていません。

その際には『どこから導入するか』ではなく、『今導入できる領域はどこか』という議論から始めることが、AI技術導入成功のカギを握ると思います。

石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイト社CEO/AIビジネスデザイナー
シリコンバレーに本社を持つパロアルトインサイト社CEO/AIビジネスデザイナー。
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得後、Google本社で多数のAIプロジェクトをリード。広告を表示する機械学習モデル構築などのプロジェクトを経て、AIを活用した職業マッチングサイトを起業。2016年にエグジットし、流通系AIベンチャーを経て2017年にパロアルトインサイトを創業。シリコンバレーラボを開設し、現地の200人以上のデータサイエンティストのネットワークを活用し、クライアント企業に対してどの領域でAIを活用するかの提案から、ビジネスモデルの組み立て、ビッグデータ解析、プロダクトのプロトタイプ作成まで戦略から開発まで一貫した支援を提供。(『The 21 online』2018年02月22日 公開)

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Source: 株式投資
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