なぜ日本の電子マネーは先進的なのに「キャッシュレス化」が進まないのか?

なぜ日本の電子マネーは先進的なのに「キャッシュレス化」が進まないのか?

具体的なフィンテックのサービスとして、決済が挙げられる。日本でも最近注目が集まるキャッシュレス化に焦点をあて、キャッシュレス化のメリット・デメリットやシェアリングエコノミーと決済の関係といった点について解説しよう。

(本記事は、大平公一郎氏の著書『なぜ、日本でFinTechが普及しないのか』日刊工業新聞社、2018年2月22日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

【関連記事 『なぜ、日本でFinTechが普及しないのか』より】
・(1)なぜ日本の電子マネーは先進的なのに「キャッシュレス化」が進まないのか?
・(2)アリババ、テンセントが支配する中国FinTech、ネット証券がリードする日本のフィンテック 欧州は?

なぜ、日本でFinTechが普及しないのか
(画像=Webサイトより ※クリックするとAmazonに飛びます)

キャッシュレス化のメリット・デメリット

リテール決済のトレンドは、キャッシュレスに向かっている。なぜキャッシュレスが望ましいのか、現金を利用することのメリット・デメリットから見てみたい。現金決済のメリットとしては、一般に次のようなことが上げられる。

・法定通貨であり、利用を拒否されることがない。
・その場で決済が終了するため、決済完了までの速度が速く、決済が確実に完了できる。
・特別な技術を要するインフラが必要なく、幅広く用いられる。
・匿名で自由に使用が可能である。
・モノとしての実体があり、単純である。

一方、現金決済のデメリットとしては、以下のようなことがある。

・犯罪への利用が容易である。特に、マネーロンダリング、密入国斡旋・移民労働者の搾取、テロ資金、貨幣の偽造、といった犯罪に利用される。
・収入の捕捉が難しく、脱税が容易になる。
・現金の製造(印刷・鋳造)および保管・流通には、コストがかかる。

現金のコストについて、銀行では支店での現金取り扱い業務の負担やATMの設置・運用費、夜間のセーフティボックスの取り扱い費用などがある。

小売店舗では現金の計算や預入に関わる費用が発生する。また現金の盗難も大きなリスクであり、盗難被害による直接的な金銭的コストに加えて、監視カメラ導入や警備会社との契約、現金の扱いを専門業者にアウトソーシングするといった現金取り扱いのセキュリティ強化にかかる費用が負担となる。キャッシュレス化が進展し認知度が高まれば、小売店舗の現金を狙った犯罪が減り、現金盗難対策にかかる費用は大幅に削減できることになる。

この点について、DANISH PAYMENTS COUNCIL(デンマーク決済評議会)による小売店へのインタビュー調査では、現金決済に比べ、カード決済は費用が安く、盗難などのリスクが少ないとの見方が示されている。

同調査では、小売店の主要目標は売上高の最大化であり顧客が求める決済手段には現金を含めて対応するが、決済における現金の受け取り義務はない方が好ましく、深夜営業のレストランなど特定の場所や特定の時間においては現金の取り扱いをなくすことで盗難等のリスクを減らすことが可能になるという回答があった。

また消費者に対して行ったアンケートでは、消費者は電子的な決済手段、オンラインショッピングの普及、公共セクターでの電子化に満足しているとの回答が得られている。

その他に、小売業を営む企業にとってキャッシュレス決済が進むことは、POSデータと合わせて顧客属性などのデータを大量に入手できる重要な情報源が増えることになる。

政府や監督機関は、キャッシュレス化によって、お金の流れが把握しやすくなり、特に課税漏れを少なくできると期待しているほか、マネーロンダリング、紙幣の偽造といった犯罪の把握、防止などに効果を見込んでいる。

シェアリングエコノミーと決済

今、世界中で大変に注目を集めているサービスに、シェアリングエコノミーがある。これは空き家や自動車、料理やDIYの代行まで、個人や企業が保有している遊休資産の貸出を仲介するサービスを指し、インターネット、スマートフォンを活用することも特徴となっている。

シェアリングエコノミーサービスにおいて、決済はサービスの価値を構成する大変に重要な要素である。知らない個人の間でサービスが提供されるため、サービスの対価がきちんと支払われることを担保することが、サービスの提供者が安心して参加することにつながっている。

シェアリングエコノミーサービスの代表的な事例として、Uberがある。同社サービスではスマートフォンとGPSを活用し、顧客と運転手をマッチングさせる。タクシーと異なり、運転手は個人で開業することが多く、利用する車も一般に自家用車が利用される。

Uberのサービスはスマートフォンアプリを軸に構成され、事前に登録をした運転手は、都合のいい時間だけアプリを立ち上げてサービスを提供でき、運転手用のアプリは、配車リクエストの受け取り、道順の表示・案内、売上管理、顧客評価などの機能を備えている。

顧客は、アプリ上で目的地の入力、配車リクエストができ、事前に予定の道順や見積もり料金、ドライバー情報なども伝えられるため、乗車してから運転手とコミュニケーションをとる必要がない。

決済に関しては、あらかじめ登録されたクレジットカードやデビットカードで行われ、乗降車の時に支払いをすることはない。運転手のアプリと顧客のアプリを連動して管理し、事前にある程度の予算を提示することで、タクシーのようにメーターを利用せずに法外な料金を取る、領収書を出さないなどの問題は発生しない。

また欧米では一般的なタクシーへのチップの支払いも不要となる。Uberは2010年のサービス開始から、現在では世界632都市でサービスを展開し、累積の乗車回数は2017年5月には50億回を記録するなど爆発的な普及を見せている。その成長には、スムーズな決済の仕組みの導入も貢献している。

もう一つの代表的な事例であるAirbnbは、ホストが持つ住居・空き部屋を、宿泊施設として提供するサービスで、インターネット・スマートフォン上で利用者とのマッチングが行われる。2008年8月の創業から、現在では191カ国の65,000以上の都市でサービスが展開され、累計宿泊者数は20億人超、宿泊施設としての登録も300万カ所超に至っている。

決済について、利用者は予約時にAirbnbに料金を支払い、ホストにはチェックインの24時間後に料金が振り込まれる仕組みになっている。同社プラットフォームを通じて決済を行うことで、キャンセルや返金、提供される部屋に損害があった場合のホストへの保証などに対応し、さらには利用者およびホストの個人情報の保護も担保される。

支払方法は、主要な国際ブランドのクレジットカード・デビットカードに加え、PayPal、Alipay(中国)、Postepay(イタリア)、Sofort U?berweisun(ドイツ)、iDEAL(オランダ)、PayU(インド)、Google Wallet(米国)、Apple Payといった、多くのキャッシュレス決済手段に対応する。

シェアリングエコノミーは米国発のサービスに留まらず、世界中に広がっている。特に活況となっているのが中国であり、中国版Uberの滴滴出行や中国版Airbnbの住百家や途家網のように、海外発のサービスを上手く自国用にアレンジしてサービスを拡大している。また、自転車のライドシェアサービスは大変に活況であり、道中に自転車があふれるなど社会問題まで引き起こしている。

シェアリングエコノミーの多くは、当事者間での金銭のやり取りをなくし、確認せずとも対価がきちんと支払われる仕組みをつくっている。そのことにより、提供者はサービスの提供に集中でき、利用者と提供者の両方から信頼を獲得しやすくなる。決済手段はカード決済など一般的な手段であるが、キャッシュレスが前提である。シェアリングエコノミーの発展は、キャッシュレス決済の普及に密接につながっている。

日本:キャッシュレス社会の構築を目指して

日本は先進国の中でも現金の利用率が高い国として知られている。個人消費に占める現金の利用は半分近くにおよび、これまで見てきた米国や北欧諸国との違いは大変に大きい。

日本でカード決済の比率が少ない要因の一つに、カード決済に対応していない店舗の存在がある。経済産業省の資料で主なサービス業におけるカード決済が可能な割合を見ると、スーパーが71%、フランチャイズ店が63%、タクシーが51%、旅館が90%となっている。中小の商店や飲食店などのデータはないが、さらに低い水準にあると推察される。

中小の店舗がカード決済を導入する際に、カードリーダーなどの初期投資と決済ごとに発生する手数料負担が大きなボトルネックだと言われるが、こうした状況を逆にビジネスチャンスととらえ、参入するスタートアップ企業もある。

コイニー、ロイヤルゲート、リンク・プロセッシングといった企業は、簡易的なカードリーダーを提供することで店舗の初期投資を減らし、カード決済の導入を行いやすくしている。

日本は世界の中でも電子マネーの利用では先進的であり、各国の電子マネーの利用額を比較すると、日本が突出して大きくなっている。日本の電子マネーは提供する企業の業種で交通系、流通系、独自ベンダーなどに分かれる。

交通系ではJR東日本のスイカやJR西日本のイコカ、私鉄・地下鉄系のパスモが代表的で、鉄道の乗車券・定期券と一体であることが大きな特徴である。流通系では、セブン&アイグループのナナコやイオングループのワオンなどがあり、顧客囲い込みの要素が強く出ている。独立系では、楽天エディなどがある。

日本における電子マネー向けICカードの発行枚数は3億5,000万枚を超え、個別の電子マネーを見ても交通系ではスイカが6,670万枚(2017年9月)、流通系ではワオンが6,450万枚(2017年4月)、ナナコが5,350万枚(2017年2月)と、スイカ・ワオン・ナナコでは国民の2人に1人が持っている状況だ。

こうした電子マネーの使える場所は、スーパーやコンビニエンスストア、タクシー、自動販売機など様々に広がっているが、ICカードを利用しておりICカードリーダーが必要なため、普及の課題はクレジットカードと同様に初期コストと手数料となる。

電子マネーではないがロイヤリティポイントも貨幣的な役割を果たしており、日本ではTポイント、ポンタ、楽天ポイント、dポイントが代表的なプログラムになっている。

Tポイントカードはカルチャーコンビニエンスクラブが運営し、発行枚数は6,373万枚(2017年7月)である。

ポンタカードは三菱系のロイヤリティマーケティングが運営し、カード発行枚数は国内で8,330万枚、海外では共通ポイント事業パートナーとの協業も含めインドネシア・台湾・韓国・マレーシアの4カ国で展開し、5か国合計で1億5,000万人の会員数となる。(2017年9月)75。

dポイントでは、スマートフォンに表示したバーコードやQRコードをPOSレジや決済端末で読み取ることで、買い物が出来る「d払い」というサービスもスタートする予定になっている。

このように金融機関以外の事業者が、様々なサービスを独自に展開しているのが日本の状況であるが、金融機関も少しずつ動き出している。

三菱UFJフィナンシャルグループは、ブロックチェーンを使ったMUFGコインを開発した。銀行口座のお金を1円=1コインで両替し、スマートフォンのアプリでの支払いや口座間送金、まとめ払いを清算する「割り勘」の仕組みなどがあり、現在は同グループ社員1,500名が参加する実証実験が行われている。

みずほ銀行、ゆうちょ銀行と複数の地域銀行は、共同でJコイン(J-Coin)を開発し、2020年までの利用開始を目指している。

銀行の預金口座と接続し、店舗での支払いや個人間送金などが中心的な機能となるため、米国や北欧で普及が進むP2P送金サービスとよく似たサービスと言えるだろう。Jコインは仮想通貨であるが、常に円と等価であることや、あらかじめJコイン口座に銀行口座から資金を振り込む必要があることを考えると、実質的には電子マネーと言える。

Jコイン導入の大きな狙いは、買い物や送金履歴などのデータであり、匿名化した上で他の銀行や企業と共有し、マーケティングに活かすことを考えているという。大手インターネット企業などに、データが集約してしまっている現状を打破したいという思いもあるようだ。

決済インフラとしては、なるべく多くの人々が共通の仕組みを利用することが望ましいが、日本の電子マネーは、交通系や流通系、独立系など様々な主体が独自の規格を立ち上げている。銀行発の仕組みでも、既にMUFGコインとJコインのように別々のサービスが立ち上がろうとしている。

このように様々な規格が乱立することは、消費者がどの電子マネー・決済手段を使うかについて迷わせる結果につながっている。特に電子マネーは基本的にプリペイドであるため、利用する前に一定額を支払う必要がある。顧客を自社グループに囲い込む手段としては有効かもしれないが、消費者にとっては互換性もなく、不便さを感じさせている。

小売店にとっては、複数の規格に対応するためのインフラ整備が大きな負担になる。複数の規格に対応したPOSレジなどもあるが、大手のコンビニエンスストアやスーパーなどでは入れられても、資本力の弱いところでは、厳しいだろう。

中国ではQRコード決済により店舗側のインフラ整備負担も少なく、アリペイとウィーチャットペイという圧倒的に強い2強がいることから、利用者は決済手段の選択を迷うことがない。またデンマークのDankortのように、複数の銀行が協力して、決済インフラの導入・運営を安くする仕組みを導入する国もある。

日本でも、異なる規格の並立を防ぐためにメガバンク3行は協議会を設置し、互換性の持たせ方や統一に向けた技術的な課題の洗い出しを行っていく方針との報道もある。

ただ、日本のキャッシュレス化に向けては、銀行に留まらず、既存の電子マネーの提供企業も含めて幅広い協力関係を構築し、消費者や店舗が使いやすい仕組みを安価に導入・運営できることを模索すべきだろう。

大平公一郎(おおひらこういちろう)
国際社会経済研究所情報社会研究部主任研究員米国公認会計士(Certied)、日本証券アナリスト協会検定会員。関西学院大学法学部卒業。証券会社での証券アナリスト業務を経て、2004年にNEC総研(現在は国際社会経済研究所)に入社。ICT市場動向調査、ICT企業の事業戦略調査などを担当し、近年は海外のフィンテック最新動向を主なテーマに調査研究活動を行っている。著書に、「アジアの消費 明日の市場を探る」(共著、ジェトロ)


Source: 株式投資
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