アリババ、テンセントが支配する中国FinTech、ネット証券がリードする日本のフィンテック 欧州は?
アリババ、テンセントが支配する中国FinTech、ネット証券がリードする日本のフィンテック 欧州は?
スタートアップ企業、金融機関、インターネット企業などフィンテックサービスを提供する組織、さらにインキュベータなどフィンテックのスタートアップ企業を支える存在について、中国、欧州、日本の特徴をそれぞれ解説しよう。
(本記事は、大平公一郎氏の著書『なぜ、日本でFinTechが普及しないのか』日刊工業新聞社、2018年2月22日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
【関連記事 『なぜ、日本でFinTechが普及しないのか』より】
・(1)なぜ日本の電子マネーは先進的なのに「キャッシュレス化」が進まないのか?
・(2)アリババ、テンセントが支配する中国FinTech、ネット証券がリードする日本のフィンテック 欧州は?
中国:アリババとテンセントが支配する世界
中国のフィンテック(インターネット金融)では、大手インターネット企業が業界をリードしており、スタートアップ企業と銀行などの金融機関が主役である欧米とは違った勢力図となっている。
これには過去からの中国政府の政策も影響している。2001年に批准された公安の情報化を進めるプロジェクト「金盾工程」では、インターネット検閲システムが導入され、中核機能として「防火長城」と呼ばれる国内外のインターネット通信接続を規制・遮断する機能が設けられた。これにより、FacebookやTwitter、Googleなどの利用が制限され、中国発のインターネット企業の成長につながった。
インターネット金融が成長を始めた2010年代以降には、既に中国企業がインターネットサービスを提供する状態が形づくられていたため、海外のフィンテック企業ではなく中国企業がインターネット金融サービスのけん引役になったのである。
大手インターネット企業の中でもアリババとテンセントは第三者決済からモバイル決済、資産運用といった流れでサービスを拡大し、圧倒的なポジションを獲得している。
他、検索大手の百度(バイドゥ)は金融事業を子会社の百度金融服务事业群组(BaiduFinancialServiceGroup)に集約して追い上げを図っているほか、大手イーコマース企業である京東商城や蘇寧電器などがインターネット金融を強化している。ただ、アリババ、テンセントとは圧倒的な差があるのが実情だろう。
バイドゥについては、検索サービスの提供が中心で個人アカウント・口座の開設に結びつきにくかったことが、金融サービスの提供でアリババやテンセントの後塵を拝した主な要因とされている。
アリババとテンセントの金融事業をまとめておきたい。アリババは、B2Bのマーケットプレイスであるアリババドットコムに始まり、B2CやC2Cのマーケットプレイス、決済サービス、クラウドコンピュータなど幅広いサービスを提供している。地域的に見ると、中国全土に加え、インド、日本、韓国、英国、米国など、世界に幅広く事業を展開している。
金融事業の主軸となるサービスは、第三者決済サービスのアリペイで、淘宝(Taobao)や天猫(Tmall)など自社グループのサービスに加えて、他企業が提供するイーコマース、オンラインゲーム・音楽・映像の料金の決済に用いることができる。QRコード決済では、小売店舗に加えてタクシーや病院など幅広い場所で利用可能であり、個人間の送金、支払の割り勘といった機能も持つ。アリペイのアクティブユーザー数は5.2億人に至っている。
投資分野では、先述したインターネットMMFの余額宝に加えて、他の金融機関が提供する様々な金融商品を提供する招财宝というサービスも提供している。余額宝の年間累計利用者数は3.3億人である。
融資関連では、マイクロクレジットのMYBANK、クレジットスコアである芝麻信用を提供、他に企業の信用度のスコアリングも行っており、金融機関や他の法人顧客向けに提供・利用されている。
もともとイーコマース向け第三者決済サービスとして開始されたアリペイだが、口座の余剰資金を活かして余額宝や招財宝など資産運用サービス、グループ企業のMYBANKでの融資資金の受け入れ、QRコードを使った実店舗での決済など、様々な金融機能と連動し、一体的にサービスが提供されるようになっている。
テンセントは、QQやウィーチャットなどSNSツールを中心に、オンラインゲーム、情報ポータルなどを提供している。2017年7-9月期におけるQQの月間アクティブユーザー数は8.4億人、ウィーチャットの月間アクティブユーザー数は9.8億人と大変に多くの人々が同社サービスを利用している。
両サービス共に利用は無料で、アプリ上ではテキストや映像、音声による対話、映像・写真等の共有が可能、ゲームも提供されている。特にアプリを通じて提供するオンラインゲームが同社の収益の大きな柱になっている。
テンセントが提供する金融サービスは、おおよそアリババが提供するサービスと同様である。まず第三者決済サービスとして、QQ銭包(QQwallet)やウィーチャットペイがあり、イーコマースや店舗でQRコードを利用した支払いなどが可能だ。またスマートフォンのアプリ上から、携帯電話や公共料金の支払い、チケット予約や、同社が提供するゲーム等有料サービスの利用料金を払うこともできる。
中国ではご祝儀やいわゆるお年玉を紅包といい、特に春節では目上の人から目下の者や子供などにあげることが一般的に行われる。この紅包をウィーチャットペイの口座を通してやり取りする電子版紅包を2011年から提供しており、2016年では80億以上の紅包がやり取りされたという。
さらにテンセント自らもウィーチャットの紅包抽選イベントである「摇一摇」、QQウォレットの紅包抽選イベントである「刷一刷」を開催し、数億元規模の金額を抽選で利用者に還元している。
また、インターネットMMFの理财通、マイクロクレジットのWe-Bankといったサービスも提供している。
こうしたサービスは、全てスマートフォンのアプリ上でまとめて提供されている。ウィーチャットペイのスマートフォンアプリを見ると、QRコードを利用した支払(画面上ではクイックペイ)、資産運用の理財通、お年玉・送金の紅包、寄付を行う腾讯公益などが連動していることがわかる。
生活缴费では、水道光熱費など生活にかかる様々な費用を支払うことも可能である。城市服务からは、病院の予約、飛行機チケットの予約や購入、タクシーの呼出し・支払、地域情報の入手などができるようになっている。
●既存金融機関のトップランナー 中国平安保険集団(ピンアンインシュアランス)
中国のインターネット金融では、アリババやテンセントの動きが目立つ一方で、既存金融機関の動きはあまり見えてこないのが実情だ。そうした中で気を吐いているのが、中国平安保険集団である。
同社は1988年の創立で、現在は生命保険及び損害保険事業を中心に銀行、投資信託、証券会社などを傘下に抱える総合金融サービスグループである。
インターネット金融への取り組みを積極的に進めており、2011年にP2Pレンディングを手掛ける陸金所(Lufax)を傘下に収め、2016年には、保険・銀行・投資(証券)に加えて、インターネット金融を第四の主要事業と位置付け、強化を進めている。
提供する主なサービスは、P2Pレンディングの陸金所(Lufax)、決済サービスの壹钱包(Qianbao)、万里通というロイヤリティポイントプログラムなどである。
2013年にはアリババやテンセントと共同で中国初のインターネット専業の損害保険会社“衆安保険”を設立している。衆安保険の保険収入の約3割を占めるのが、アリババの淘宝(Taobao)や天猫(Tmall)で購入した商品に故障や欠陥が見つかった場合に返品送料を保証する保険である。
消費者は少額の保険料を負担すれば送料を保証してもらえ、売り手側が顧客サービスとして保険料を負担するケースもあるという。
加入から保険料の支払いまでネット上で完結でき、アリペイやウィーチャットペイでの保険料支払いもできる。2017年9月には、この衆安保険が香港市場で初のフィンテック銘柄として上場を果たし、注目されている。
中国のインターネット金融を担う3社を紹介してきたが、3社のCEOはそれぞれ名前に馬が入っており、中国のインターネット金融をけん引する「三馬(サンマー)」と呼ばれている(アリババ:馬雲CEO、テンセント:馬化騰CEO、中国平安保険:馬明哲CEO)。現状でアリババ、テンセントの2強と中国平安保険の勢いを脅かす企業はなかなか見当たらず、当面は「三馬」の時代が続いていくであろう。
欧州:フィンテック企業を世に知らしめるFinTech50の取り組み
多くのフィンテックスタートアップ企業が誕生する中で、どういった企業があるのかを世に知らしめる活動も、エコシステムの中で大切な役割を持つ。
KPMGとH2VentureによるFINTECH100や、フィンテックの投資情報で有名なCBINSIGHTSがまとめたTheFintech250といったリストがあるが、より欧州に特化した形でまとめられたのが、FinTechCityが発表するFinTech50である。
FinTechCityの設立は2011年であるが、当時のロンドンにおいてフィンテックの知名度は低かったこともあり、業界の全体像を示すことが重要と考え、FinTech50の発表に至ったという。
FinTechCityは欧州を中心にフィンテック企業のリストを作成しており、フィンテック業界をよく知る投資家やICT業界に属する人々で構成されるパネリストが、リストの中から注目すべき企業を50社選択し、FinTech50としている。
欧州ですでに広く知られ、サービスの利用が浸透している企業は、殿堂入り(The Hall of Fame)として扱われ、現在は10社が殿堂入りとなっている。
候補となるリストに入った企業数は2011年に136社、2012年に260社であったが、2017年には1,500社を超える水準に至り、欧州のフィンテック業界が成長していることを映し出している。
2017年のFinTech50であるが、24社の新しい企業を含む、50社が選出された。
分野別の特徴をみると、決済が5社、融資(レンディング)が5社と主要分野からの選出はまだまだあるが、デジタルオンリー銀行に代表される銀行業務(バンキング)が10社、またコンプライアンス・RegTechの分野が5社となっていることも、欧州フィンテック業界の最近の注目領域を表していると言える。
各社の創業年をみると、2014年が11社と最も多く、2010年以前に創業した企業数は9社に留まっている。2016年創業の企業も4社含まれており、フィンテック分野における起業の勢いを垣間見ることができる。
各社の本拠地の地理的な分布をみると、ロンドンが29社で他を圧倒している。次いでドイツのベルリンが5社、それ以降はスウェーデンのストックホルム、オランダのアムステルダム、アイルランドのダブリンなど細かく分散している状況だ。
欧州のフィンテック業界はロンドンが先行し、他の都市がそれを追いかけている状況であるが、現状ではロンドンの優位性は揺らいでいない。
FinTechCityの創業者であるJulie Lake氏には2017年夏にロンドンで話を伺ったが、最近の欧州のフィンテック事情について、スタートアップ企業のビジネスモデルが、消費者に直接サービスを提供するB2C中心から、既存金融機関など企業向けにサービスを提供するB2B中心に移行しつつあるという。
FinTech50を発表し始めた2012年頃は、金融危機の影響も色濃く、フィンテック企業と既存金融機関は対立構造にあったが、現在では積極的に協力関係を構築しており、特にデータ分析、コンプライアンス、サイバーセキュリティといった分野では、既存金融機関がスタートアップ企業の技術を積極的に取り入れているとの事であった。
FinTechCityでは、FinTech50の作成に留まらず、実際にフィンテック企業と投資家など関係者を集めたピッチの主催も行っている。
このように欧州では、フィンテックのスタートアップ企業でも既存金融機関でもない組織が誕生し、フィンテックのエコシステムを草の根から支えている。
スタートアップ企業にとってこうしたリストに選出されることは顧客や提携候補企業に対するアピールにつながり、既存金融機関にとっても、最近の有力なフィンテックスタートアップ企業を一目で見られることで提携先選出などに役立つであろう。
FinTechCityでは、現在、FinTech50 ASIAの作成を準備しており、日本からも企業選出パネリストとして2名が参加している。こうした取り組みを通じて、日本のフィンテックスタートアップ企業の情報が世界に発信され、グローバルな事業展開につながっていくことを期待したい。
日本:SBIや楽天などインターネットに強い企業の取り組みが加速
日本において、フィンテックスタートアップ企業の存在感はまだそれほど大きくない。企業数について統計などはないが、多くのフィンテックスタートアップ企業が集まって設立したフィンテック協会のメンバー企業数は、81社となっている(2017年11月27時点)。
決済、オンラインレンディング、クラウドファンディングなどに複数の企業が参入し、マネーフォワードが上場を果たすなど、まさにこれから存在感が大きくなり始めるところとも言える。
スタートアップ企業の活動があまり目立たない大きな要因には、インターネットバンキングやオンライントレードなど既存金融機関によるインターネットを活用した金融サービスが既に充実していることも上げられる。
株式の取引でいえば、1997年の金融ビッグバン・証券手数料の自由化があり、インターネットの普及を背景にしてオンライントレードが急速に普及を始めた。個人の株式委託売買代金では、SBI証券、楽天証券、松井証券、カブドットコム証券、マネックス証券、といったインターネット証券のシェアがすでに8割近くに至っている。
インターネットバンキングでも、インターネット専業銀行に勢いがあり、各社の預金残高は住信SBIネット銀行が4.3兆円、大和ネクスト銀行が3.4兆円、ソニー銀行が2.1兆円、楽天銀行が1.9兆円などとなる。国内銀行の預金残高合計928兆円と比較すると、まだまだ規模は小さいが、存在感を増してきている。
フィンテックに積極的な金融機関には、SBIグループや楽天など、もともとインターネットに強い企業グループがあげられる。
SBIグループでは、SBI証券でウェルスナビとTHEOのロボアドバイザーサービスを提供、住友信託と共同で運営する住信SBIネット銀行ではオープンAPIを積極的にすすめ、ネストエッグの自動貯金「Finbee」、マネーフォワードの貯金アプリ「しらたま」などと連携している。
また、決済サービスを提供するZEUSやマネーフォワードと連携し、事業性融資サービス「レンディング・ワン」も開始している。
投資も積極的に行っている。2015年には「FinTechファンド」を設立し、横浜銀行、足利銀行、山陰合同銀行、紀陽銀行など28行の地域銀行とみずほ銀行、ソフトバンクおよび自らの資金で300億円を超える金額を集め、既にスタートアップ企業61社への投資を決定している。
フィンテックの活用に向けた地域銀行との連携も強めており、日本IBMと連携し、地方金融機関が利用できるフィンテックプラットフォームを設立、スタートアップ企業のサービスやシステムをパッケージ化し、地方金融機関に提案する事業を開始している。
また、Fintechファンドとは別に、SBI地域銀行価値創造ファンドとして1,000億円を集め、地域銀行と連携できるスタートアップ企業への出資を進めていく方針だ。
楽天も事業のコアであるイーコマースに加えて、金融分野を積極的に拡大し、楽天銀行、楽天カードを軸に、決済サービスの楽天ペイ、電子マネーの楽天エディ、ポイントサービスの楽天ポイントといったサービスを提供している。
楽天ペイは、ウェブ上での支払いやモバイルウォレットとして各種クレジットカードや電子マネーを登録し、店舗でバーコードやQRコード決済、又はアプリからの送金によって、決済を行うことが可能になっている。楽天市場の出展企業に対しては、楽天カードから短期間の審査で融資を受けられる楽天スーパービジネスローンも提供されている。
メガバンクもフィンテックへの取り組みを進めている。比較的早くから活発に動いているのは三菱UFJフィナンシャルグループ(以下FG)で、MUFGデジタルアクセラレータの開催などでフィンテック企業との接触を増やしている。
みずほFGもハッカソン:Mizuho.hackの開催やみずほフィンテックファンドによるフィンテック企業への投資を行っている。三井住友FGは東京のITイノベーション部門とシリコンバレーのデジタルイノベーションラボなどを軸に、グローバルに技術習得のためのネットワークを広げている。
今後、メガバンクのフィンテックへの取組は、効率化の向上が主な目的となりそうだ。
2017年に入って各行ともにICT活用による定型事務作業の自動化やキャッシュレス化の推進による支店やATMなど現金を扱うインフラの縮小を図る方針を打ち出している。
業務量の削減効果については、三井住友FGが2020年度までに4,000名分、みずほFGは21年度までに8,000名、2026年度には19,000名分、三菱UFJFGも2023年度までに9,500人分となる見通し172であり、定型業務の処理に携わっていた人員を付加価値の高い業務に配置転換し、成長を追求する方針だ。
地域金融機関によるフィンテックへの取組は、今後の大きなテーマであろう。メガバンクと比較して規模が小さいこともあり、フィンテック企業側から見て個別金融機関と独自に提携を結ぶことのメリットが見出しにくく、また多くのフィンテック企業は東京にあるといった地理的な問題も影響するだろう。
こうした課題に対する一つの解は、コンソーシアムを組成しての対応となる。
現在、先述したSBIグループのフィンテックプラットフォームや、三菱UFJフィナンシャルグループの子会社のジャパンデジタルデザインなどの取組があり、ジャパンデジタルデザインでは地域銀行32行と共同で小規模商店でのQRコード決済導入や公共料金のペーパーレス化、業務の自動化などを進めていくという。
このように複数の金融機関が集まることによって、提携先のメリットを高め、各金融機関の資金負担を減らすことが出来る。ただ、裏を返すと、複数の金融機関が同じサービスを提供することになり、独自色を出し、競争に打ち勝っていくという点では、厳しい戦略となりそうだ。結果的に、こうした連携を通じて地域銀行の合併がさらに加速することも予想されよう。
大平公一郎(おおひらこういちろう)
国際社会経済研究所情報社会研究部主任研究員米国公認会計士(Certied)、日本証券アナリスト協会検定会員。関西学院大学法学部卒業。証券会社での証券アナリスト業務を経て、2004年にNEC総研(現在は国際社会経済研究所)に入社。ICT市場動向調査、ICT企業の事業戦略調査などを担当し、近年は海外のフィンテック最新動向を主なテーマに調査研究活動を行っている。著書に、「アジアの消費 明日の市場を探る」(共著、ジェトロ)
Source: 株式投資