なぜ消費は活性化しないのか-活性化を阻む6つの理由
なぜ消費は活性化しないのか-活性化を阻む6つの理由
要旨
アベノミクス開始から6年目に入ったが、依然として個人消費は力強さに欠ける。実質賃金の伸び悩みも大きな要因の1つだが、賃金はじわりと改善傾向を示す一方で、一層低迷が続く消費の状況を見れば、必ずしも「賃金が上がれば消費も増える」わけではなさそうだ。
消費が活性化しにくい理由としては、まず、(1)若い世代をはじめ消費者全体で経済的不安が広がっていることがある。現役世代では、若い世代ほど厳しい雇用環境にあり、少子高齢化による社会保障不安もある。高齢者でも年金受給額の引き下げなど制度変更による生活防衛意識の強まりもあるだろう。
(2)高齢化の進行で世帯当たりの消費額が減る高齢世帯の存在感が増していることも指摘できる。高齢世帯では世帯当たりの消費額が減り、賃金増の影響も受けにくい。高齢世帯の増加に伴い、2025年頃から国内最終家計消費支出は減少に転じる見込みだ。
さらに、(3)消費社会の成熟化の恩恵を受けて、支出を抑えても質の高い消費生活を送ることができ、それに伴う(4)価値観の変容もある。シェアリングサービスの登場でモノを買わなくてもすむ環境が広がり、高級品への憧れやモノへの欲求が弱まっている。ミニマリストが賞賛される向きもあり、若い世帯では消費性向が低下している。
(5)消費者の暮らし方が変化する中でニーズの強い領域に商品やサービスの不足感があることも指摘できる。例えば、保育園待機児童問題やインフレ気味の子ども教育関連サービスの状況を見れば、需要と供給のバランスが取れていない領域もある。
最後に、(6)統計上の課題をあげたい。総務省「家計調査」は世帯を対象とした家計簿調査だが、共働き世帯の増加などによる家計の個別化で収支を把握しにくい状況もある。また、シェア消費などは従来の枠組みでは捉えにくいだろう。さらに、決済手段の多様化で近年、増えているネット通販の「ケータイ払い」は通信費に紛れやすい。
消費を活性化させるには、(1)は政策として現役世代の経済基盤の安定化や社会保障制度の持続性確保などを進めることで緩和できる。(2)~(5)は企業努力で対応できる部分もある。全体としては消費の盛り上がりに欠ける中でも売れている商品もあり、その背景には何があるのか、また、革新的な商品を生み出す土壌作りとして政府や企業は何ができるのか。まだまだ工夫の余地はある。
賃金上げが進めば、消費は増えるのか?
アベノミクス開始から6年目に入ったが、依然として個人消費は力強さに欠ける。開始当初は、円安・株高の影響で消費が活気づいた時期もあった。しかし、その後、賃金の増加を上回って物価が上昇し、さらに消費増税の打撃もあり、消費水準指数は未だ増税前の水準に戻っていない(図表1)。
労働者の賃金も伸び悩んでいる。しかし、今年の春闘の賃上げ率は二十年ぶりの高水準との報道もあり、夏の賞与にも明るい見通しが多い。一方で、2016年頃から徐々に改善傾向を示す賃金指数に対して、一層低迷する消費水準指数の状況を見れば、「賃金が上がれば消費も増える」とは単純に言えないようだ。
本稿では、なぜ消費は活性化しないのか、改めて、その原因について見ていきたい。
消費が活性化しにくい理由
●経済不安の強まり~現役世代の厳しい雇用環境や社会保障不安、高齢者の生活防衛意識の強まり
まず指摘できることは、消費者全体で経済不安を背景にした消費抑制意識が強まっていることだ。
足元では失業率が低下し、全体としては雇用環境は改善している。しかし、長らく続いた景気低迷の中で若い世代ほど厳しい雇用環境にある。生まれ年が若いほど、同じ年齢でも非正規雇用者率は上がっており(図表2)、正規雇用者であっても30~40代で賃金カーブがフラット化している(図表3)。フラット化は定年延長の影響で生涯賃金では大きな変化はないという見方もある。しかし、子育てなどで支出がかさむ時期に収入が伸びにくくなれば、消費抑制意識が強まることは自然だ。さらに、現役世代では少子高齢化による社会保障制度の世代間格差の懸念もある(図表4)。旧世代より厳しい雇用環境にある上、将来の経済不安もあれば、目先の賃金が多少上がっても消費にはつながりにくい。
一方で高齢者でも年金受給額の引き下げや医療費自己負担額の引き上げにより、生活防衛意識の強まりが予想される。次世代の厳しい経済環境から、経済面では子や孫を頼りにくい状況もあるだろう。
●高齢化の進行~世帯当たりの消費額が減り、賃金増の影響を受けにくい高齢世帯の存在感
高齢化の進行も消費が活性しにくい理由としてあげられる。世帯当たりの消費額は、世帯人員数の増加に伴い、世帯主の年齢が40~50代の世帯で膨らみ、60代以降では減少に転じる(図表5)。60代以上の世帯は世帯数で45.1%、消費額で41.3%を占めるが(2015年)、更なる高齢化により存在感は増していく。また、高齢世帯では、無職世帯が60代で47.3%、70代以上で82.3%であり(総務省「平成28年家計調査」)、賃金が増えても影響を受けにくい。さらに、前述の生活防衛意識の強まりの懸念もある。なお、現在の消費額を基に世帯構造の変化を考慮して、国内最終家計消費支出を推計すると、高齢世帯の増加に伴い、国内最終家計消費支出は2025年頃から減少に転じる見込みだ。
●消費社会の成熟化~商品・サービスの低価格化や高機能化、シェアでお金を使わなくてもすむ
さらに、現代では消費社会の成熟化や技術革新の恩恵を受けて、支出額を抑えても質の高い消費生活を楽しめるという環境もある(1)。
例えば、食の面では、食費に占める割合が最も高い外食(2)について見ると、外食産業の多様化や価格競争の激化により、現在では安価で質の良い外食サービスを利用することができる。さらに、ファストフードなどでは価格や品質面だけでなく、無料のWi-Fiサービスなど、食以外の面で付加価値を提供することが珍しくなくなっている。ファッションについても、2000年頃から海外のファストファッションメーカーが相次いで上陸したこともあり、低価格で流行を楽しめる環境がある。娯楽面では、旅行は格安航空券やLCCがあり、テレビなどの家電製品は技術革新による価格下落が著しい。
さらに、最近ではシェアリングサービスの登場で、従来は購入していた商品でも購入しなくてもすむ環境も広がっている。自動車はカーシェアリングサービスやライドシェアリングサービスの普及拡大が進み、自転車は鉄道駅や街中の主要拠点、コンビニエンスストアなどで借りることができるシェアサイクルサービスがある。また、ファッションのシェアリングサービスとして、月々に定額で数千円支払うと、スタイリストがコーディネートした洋服が送られてくる、あるいは、数十万円の高級ブランドバッグが借り放題といったものもある。
さらに、「モノ」ではなく「ヒト」を時間単位でシェアするという考え方で、家事代行サービスやシッターサービスのシェアリングサービスも登場している。運営者は、利用者と提供者のマッチングサイトを用意し、利用者と提供者が直接契約する仕組みだ。運営コストや仲介コストを抑えられるため、従来と比べて低価格となる。さらに、直接契約であるため、提供者の手元に入る金額も増える。これらのサービスは価格の高さも障壁の1つであり(3)、低価格化により共働き世帯を中心に人気が高まっているようだ。
以上のように、消費社会の成熟化や技術革新によって、従来からある商品やサービスを低価格(かつ高品質)で利用できるようになる一方、通信費は支出額が増加傾向にある(4)。しかし、1990年代以降の情報通信領域の技術革新を振り返れば、消費者は支出額の増加分以上の恩恵を受けている。例えば、同じ通信費でも、携帯電話でインターネットへ接続できるようになり始めた2000年頃とスマートフォンが主流となった現在では端末やサービスの質が格段に違う。
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(1)久我尚子「若年層の消費実態(1)~(5)」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2016/6~2017/2)等に詳しい。
(2)総務省「平成29年家計調査」にて総世帯の食料支出額に占める割合は外食が最多で18.7%
(3)経済産業省「平成26年度女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査報告書」にて、家事支援サービスを利用しない理由(複数選択)の首位が「他人に家の中に入られることに抵抗があるため」(47%)、僅差で二位が「所得に対して価格が高いと思われるため」(45%)
(4)ただし、通信費の増加については、後述の通り、インターネット通販の「キャリア決済」も含まれている。
●価値観の変容~消費欲求の弱まりとスマート消費で消費性向の低下、使わないことが格好良い?
安価で便利な商品やサービスがあふれる中で、消費者の価値観が変容している可能性もある。「良いモノ」が必ずしも高額ではなくなることで、バブル期に見られたような「高級品」=「良いモノ」という意識は弱まり、高級品を買うことへの憧れも薄れているのではないか。また、モノがあふれる中では、そもそもモノを欲しいという欲求も弱まるだろう。
従来品を低価格品で代替できるようになっただけでなく、技術革新による高機能化で、1つの商品で従来の複数商品を代替するものもある。例えば、単身勤労者世帯の男性ではテレビの保有率が低下しているが、背景にはスマートフォンによる代替があるだろう(5)。スマートフォンはデジタルカメラや携帯音楽プレイヤー、書籍・雑誌等も代替している。
さらに、経済不安が強まる中で、同様の商品やサービスであれば、安価なものを利用する方が賢い消費者という自負が高まる風潮もあるのではないか。必要以上にモノを買わない「ミニマリスト」的な消費態度は、「エコ」という観点でも評価が高まるだろう。
これらの経済不安や価値観の変容による消費抑制傾向は、若年世帯で強くなっている。勤労者世帯の可処分所得と消費支出の関係を見ると、高齢世帯と比べて若年世帯では、可処分所得の減少幅に対して消費支出の減少幅(線の傾き)が大きい傾向がある(図表6)。つまり、若年世帯では所得の減少以上に消費額が減っており、消費性向が低下している様子が読み取れる。
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(5)久我尚子「ひとり暮らしの若者の家電事情~雇用環境改善でひとり暮らしが増加、パソコンやスマホがあるからテレビはいらない?」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2018/4)
●欲しい商品・サービスがない~子どもの教育などインフレ気味の市場も、見せ方の工夫で売れるものも?
一方で、欲しい商品やサービスがないという点も指摘できる。消費者の暮らし方や価値観が変わっているために、一部では強いニーズがあるものの、商品やサービスが足りていない状況も見える。
例えば、共働き世帯の増加で保育園待機児童問題が社会問題化していることから分かるように、子どもの保育需要は増している。また、待機児童問題では保育園のみが注目されがちだが、小学生の学童保育でも待機児童問題はある。共働き世帯では、平日は子どもの習い事の送迎ができないことが多いために、子どもの習い事関連のサービスに対するニーズも強い。現在、都市部では、英会話や楽器などの習い事教室が併設した民間学童や習い事送迎タクシーなどは高額にも関わらず予約で埋まっていると聞く。今後、子育て世帯では大学進学世代の母親が増えることで、子どもの教育関連サービスへのニーズは、さらに強まるのではないか。
従来商品であっても、消費者の暮らし方の変化に合わせて見せ方を工夫するだけで、売れる商品に変わる可能性もある。例えば、従来同様の機能を持つ冷蔵庫でも、単純に大型化して大量の作り置きや下ごしらえ食品を保存しやすい作りして共働き世帯向けに打ち出すことなども考えられる。
●消費統計上の課題~シェア消費やケータイ払いなど、十分に捉えられていない消費も
最後に、統計上の課題をあげたい。政府の消費関連統計は改善が進められている(6)ところだが、実は活性化している消費があっても、現在のところ、十分に捉えられていない可能性もある。
総務省「家計調査」は、世帯を対象とした家計簿調査だが、共働き世帯が増える中では世帯共通の財布だけでなく、複数の世帯員が個別に財布を持つ世帯が増えることで(家計の個別化の進行)、世帯の家計簿としては捉えにくくなっている可能性がある。
さらに、シェアリングサービスなどの新しい形態は、従来の調査枠組みでは該当箇所が分かりにくい懸念もある。また、個人間決済を行う場合は、供給側の統計としては捉えられないという課題もある。
決済手段多様化の影響も指摘できる。近年、スマートフォンの普及拡大に伴い、インターネット通販の決済手段として、携帯電話通信料に上乗せして支払う「キャリア決済」の利用が増えている。この場合、「家計調査」では通信費に紛れる可能性がある。「家計調査」における1世帯当たりの通信費は増加傾向にあるが、NTTドコモの1契約当たりの通話料は減少傾向にある(図表7)。なお、同社の2015年の金融決済取扱高(クレジットカード決済含む)は3兆円を超えて増加傾向にある。ただし、「キャリア決済」による消費は、通信費として計上されるため消費全体への影響は小さいが、被服や書籍など個別品目の消費への影響は増している。
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(6)総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」(2016/9~2017/3)などで議論されている。
おわりに~経済基盤の安定化や社会保障制度の持続性確保などの政策、企業努力の余地も
この数年、消費がなぜ活性化しないのか、各所で議論にあがっている。実質賃金の伸び悩みも大きな要因の一つだが、賃金水準を下回って消費水準は低迷している。その理由は、(1)若い世代をはじめ消費者全体で経済的不安が広がっていること、(2)高齢化の進行で世帯当たりの消費額が減る高齢世帯の存在感が増していること、(3)消費社会の成熟化の恩恵を受けて支出を抑えても質の高い消費生活を送ることができること、また、それに伴う(4)価値観の変容、(5)消費者の暮らし方が変化する中でニーズの強い領域に商品やサービスの不足感があること、そして、(6)統計上の課題があげられる。
よって、賃金が上がれば消費が増える、という単純な構造ではない。しかし、(1)の経済不安による消費抑制意識は、政策として、現役世代の経済基盤の安定化や社会保障制度の持続性確保などを、さらに強く推し進めることで緩和できる。(2)については、今後、高齢世帯では単身世帯が増加する中で、ひとり暮らしならではのニーズなどもあるのではないか。(3)~(5)については、消費者の潜在ニーズを探り、それに合う商品やサービスを提供することが企業活動の醍醐味とも言えるだろう。全体としては個人消費の力強さは欠ける中でも、売れている商品もある(7)。その背景には何があるのか、また、革新的な商品を生み出す土壌作りとして政府や企業は何ができるのか。まだまだ工夫の余地はある。
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(7)例えば、電動アシスト自転車の販売台数は右肩上がりで上昇中。都心の高額マンションの売れ行きも好調だ。
久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員
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Source: 株式投資